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飼い主の万一への備え
最終更新: 2026-08-07
飼い主の万一への備え(犬猫を誰にどう託すか)
犬猫は、飼い主より先に歳をとることが多い。けれど、そうでない場合もある。飼い主が先に亡くなったり、入院や判断能力の低下で世話ができなくなったとき、その子を誰が引き取り、その費用をどう手当てするか。 ここでは、その「万一」に備えるための制度を、中立な事実として整理する。
環境省のパンフレット「共に生きる 高齢ペットとシルバー世代」は、「万が一自分が病気などになってしまって、飼い続けることができなくなったときにどうするか……。そんな事も考えて、対策をとっておくこと」を勧め、備えの選択肢として「ペットのための遺言・信託」「老犬・老猫ホーム」「ペット保険」を挙げている。この一次記述を出発点に、遺言・信託まわりの制度を見ていく。
先に3つ、確認しておきたいこと。
- 今すぐ決めなくてよい。 ここに並ぶのは「知っておくと選べる」制度であり、今日どれかを選ばなければならないものではない。まず存在を知り、必要になったときに思い出せれば十分。
- これは法律相談ではない。 制度の中立な事実提示にとどめ、「どれを選ぶべき」は書かない。実際の設計は、弁護士・司法書士・行政書士・公証役場など専門家に相談する領域になる。
- 委譲先がある。 老犬・老猫ホームの終生預かりは 老犬老猫ホーム・介護、葬儀・供養は 葬儀・供養、看取りと終末期の意思決定そのものは 看取り・ペットロス が正。ここでは繰り返さない。
そもそも、犬猫は法律上どう扱われるか
家族として暮らしている感覚と、法律上の位置づけには、はっきりしたずれがある。これは冷たい話ではなく、制度を使うときの出発点になるので、先に押さえておく。
- 犬猫は法律上「物」(動産)にあたる。 民法第85条は「この法律において『物』とは、有体物をいう」と定め、第86条2項は「不動産以外の物は、すべて動産とする」と定める。犬猫はこの動産にあたり、飼い主は所有者として、法令の制限内でその所有物の使用・収益・処分をする権利を持つ(第206条)。
- したがって、飼い主が亡くなればペットは相続財産に含まれる。 民法第896条は「相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する」と定める(ただし被相続人の一身に専属したものを除く)。何も決めていなければ、その子を誰が引き取るかは、他の遺産と同じように相続人の間の話し合いで決まることになる。
- 同時に、犬猫は「物」であっても、法は命あるものとして扱っている。 動物の愛護及び管理に関する法律 第2条1項は「動物が命あるものであることにかんがみ」何人にも適正な取扱いを求め、第7条4項は所有者に対し「できる限り、当該動物がその命を終えるまで適切に飼養すること(終生飼養)」の努力義務を定める。法体系の全体像は 動物関連法規 が正。
- 「物」だから、犬猫自身は権利や財産を持てない。 「うちの子に財産を遺す」という形は、日本の法律では直接には作れない。だからこそ、世話をしてくれる人(または法人)に財産を渡し、その人に世話をしてもらうという組み立てになる。以下の手段はすべて、この一点の工夫だと考えると理解しやすい。
「万一」は二種類ある
備えを考えるとき、次の2つは別ものとして分けて考えると整理しやすい。制度も分かれている。
| 場面 | 起きること | 主に対応する制度 |
|---|---|---|
| 生前(入院・施設入所・判断能力の低下) | 自分は生きているが世話ができない。契約や支払いも自分でできなくなることがある | 任意後見契約、(判断能力があるうちの)財産管理委任契約、信託契約、日常の預け先の確保 |
| 死後(自分が先に亡くなる) | 所有権が相続人に移る。誰が引き取るか、費用をどうするかが問題になる | 負担付遺贈、負担付死因贈与、信託(遺言信託を含む)、死後事務委任契約 |
生前と死後は地続きなので、実務では複数を組み合わせて設計されることが多い。日本公証人連合会も、判断能力があるうちの財産管理等委任契約と任意後見契約を組み合わせる「移行型」を紹介している。
主な手段の比較(中立な事実提示)
いずれも一長一短で、どれが優れているという性質のものではない。その子の状況、託し先の有無、家族関係によって適した形が変わる。
| 手段 | いつ効力が生じるか | 誰が世話をするか | お金をどう渡すか | 使うときの論点 |
|---|---|---|---|---|
| 負担付遺贈(民法1002・1027) | 遺言者の死亡の時から(第985条1項) | 遺言で指定した受遺者(人・法人)。ただし受遺者は遺言者の死亡後いつでも遺贈を放棄できる(第986条1項) | 遺言で財産を遺贈し、その「負担」として世話を義務づける。受遺者が負う義務は遺贈の目的の価額を超えない限度(第1002条1項) | 遺言の方式を満たす必要がある(第960条・第967条以下)。放棄されうるため、生前に受遺者候補へ話を通しておくかどうかが設計上の論点になる。負担が履行されないときは相続人が相当の期間を定めて催告し、履行がなければ家庭裁判所に遺言の取消しを請求できる(第1027条)が、取り消しても世話が実現するわけではない。見届け役として遺言執行者を指定する方法がある(第1006条・第1012条) |
| 負担付死因贈与(民法554・549) | 贈与者の死亡の時から(第554条が遺贈に関する規定を準用) | 生前に合意した受贈者 | 贈与契約で財産を渡し、その「負担」として世話を義務づける | 契約なので相手の受諾が要る(第549条)=生前に「引き受けてもらえるか」を確認できるのが遺贈との実務上の違い。書面によらない贈与は各当事者が解除をすることができる(第550条本文。履行の終わった部分を除く)ため、書面によるかどうかが論点になる。撤回の可否など解釈の分かれる論点があり、設計は専門家と |
| ペット信託(信託法3・4ほか) | 信託契約なら契約締結時(第4条1項)、遺言信託なら遺言の効力発生時(同2項)、自己信託なら公正証書等の作成時等(同3項)。停止条件・始期を付すこともできる(同4項) | 信託は財産管理の仕組みであり、受託者が世話そのものをするとは限らない。実際に飼うのは信託行為で定めた飼育者、という設計がとられる | 財産を受託者に移し、受託者が信託の目的に従って飼育者へ渡していく。受託者は信託の本旨に従って信託事務を処理し、善管注意義務(第29条)・忠実義務(第30条)を負う | ペット自身は受益者になれない(下記)。受託者を「業として」引き受ける者にする場合は信託業法の免許・登録が必要(同法2条1項・3条・7条1項)。生前から動かせるので、判断能力の低下にも対応しうる |
| 任意後見契約+死後事務委任契約 | 任意後見契約は公正証書で結び(任意後見契約法3条)、契約が登記されたうえで、判断能力が不十分な状況になった後に家庭裁判所が任意後見監督人を選任した時から効力を生ずる(同2条1号・4条1項) | 任意後見人は本人の生活・療養看護・財産の管理に関する事務を代理する立場で、ペットの世話そのものを行う職務ではない。実際の世話は家族や預け先が担う | 代理権の範囲は契約で定めるため、飼育費の支出や預け先との契約をどこまで含めるかを契約書で設計する | あくまで生前の備え。委任は委任者の死亡によって終了するのが原則(民法653条1号)なので、死後まで続けたい事務は死後事務委任契約や遺言・信託と組み合わせる。事前に契約していなかった場合は法定後見(民法7条・11条・15条)という道もある |
負担付遺贈の補足
遺言者は、包括又は特定の名義で、その財産の全部又は一部を処分することができる(第964条)。負担付遺贈は、そこに「負担」を付ける形――「この子の世話をするという負担をつけて、この財産を遺す」という組み立てになる(「負担」であって停止条件ではない点が、遺言に停止条件を付す場合〔第985条2項〕との違い)。
第1002条1項の「遺贈の目的の価額を超えない限度においてのみ、負担した義務を履行する責任を負う」という定めは、裏返せば渡した財産以上の世話は義務づけられないということでもある。財産の額と世話の負担の釣り合いが、設計上の論点になる。なお、負担付遺贈の目的の価額が相続の限定承認等によって減少したときは、受遺者はその減少の割合に応じて負担した義務を免れる(第1003条本文)。
受遺者が遺贈を放棄したときは、「負担の利益を受けるべき者」が自ら受遺者となることができる(第1002条2項。遺言に別段の意思表示があればそれに従う)。放棄は遺言者の死亡の時にさかのぼって効力を生ずる(第986条2項)。ただし包括受遺者は相続人と同一の権利義務を有するため(第990条)、包括遺贈か特定遺贈かで放棄の扱いが変わる。
遺言の方式(自筆証書と公正証書のちがい)
遺言は民法に定める方式に従わなければすることができない(第960条)。普通の方式は自筆証書・公正証書・秘密証書の3種類(第967条本文)。
| 方式 | 作り方 | 家庭裁判所の検認 |
|---|---|---|
| 自筆証書遺言 | 遺言者が全文・日付・氏名を自書し、押印する(第968条1項)。相続財産の目録を添付する場合、目録は自書不要だが毎葉に署名・押印が必要(同2項)。加除訂正にも方式がある(同3項) | 原則として必要(第1004条1項) |
| 自筆証書遺言+法務局の保管制度 | 上記の自筆証書遺言を、法務省令で定める様式に従い無封で作成し、遺言者が遺言書保管所に自ら出頭して保管を申請する(遺言書保管法4条2項・6項。申請先は住所地・本籍地・所有不動産の所在地を管轄する保管所=同3項) | 不要(同法11条が民法1004条1項の適用を除外) |
| 公正証書遺言 | 証人2人以上の立会いのもと、遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授する(第969条1項1号・2号)。公正証書は公証人法の定めるところにより作成される(同2項)。口がきけない者の特則あり(第969条の2) | 不要(第1004条2項) |
| 秘密証書遺言 | 遺言者が証書に署名・押印し、証書を封じて同じ印章で封印したうえ、公証人1人および証人2人以上の前に封書を提出して自己の遺言書である旨と筆者の氏名・住所を申述する(第970条1項各号) | 適用除外は公正証書遺言のみのため、原則として必要 |
遺言はいつでも、遺言の方式に従って全部または一部を撤回できる(第1022条)。前の遺言と後の遺言が抵触する部分は、後の遺言で撤回したものとみなされる(第1023条1項)。一度書いたら変えられない、ということはない。
負担付死因贈与の補足
死因贈与は「贈与者の死亡によって効力を生ずる贈与」で、その性質に反しない限り遺贈に関する規定が準用される(第554条)。遺贈が遺言者ひとりでできるのに対し、死因贈与は契約であり、贈与は当事者の一方がある財産を無償で相手方に与える意思を表示し、相手方が受諾をすることによって効力を生ずる(第549条)。この「相手の受諾が要る」点が、実務上の性格の違いを生む。
ペット信託の補足 — なぜペット自身は受益者になれないのか
信託法は「受益者」を受益権を有する者と定め(第2条6項)、受益権は受託者が受益者に対し負う債務に係る債権(受益債権)等であると定める(同7項)。債権を持つには権利の主体である必要があるが、犬猫は民法上の「物」(第85条・第86条2項)であって権利の主体ではない。そのため、ペット自身を受益者に据えることはできない。
実務で「ペット信託」と呼ばれるものは、この制約を前提に組み立てられる。代表的な考え方は次の2つ。
- 人を受益者に置く:世話を引き受ける人や、飼い主自身(生前)を受益者とし、信託行為の中で「その財産をこの子の飼育のために使う」という目的と条件を定める。受託者は信託の本旨に従って信託事務を処理し(第29条1項)、受益者のため忠実に事務を処理する義務を負う(第30条)。
- 受益者の定めのない信託(目的信託)を使う:信託法第258条1項は受益者の定めのない信託を認めるが、信託契約または遺言による方法に限られ(同項が第3条1号・2号のみを掲げる。自己信託=同条3号は使えない)、存続期間は20年を超えることができない(第259条)。遺言でこの信託をするときは信託管理人を指定する定めを設けなければならない(第258条4項)。長寿の犬猫では20年という上限が設計上の論点になりうる。
いずれの形でも、受託者が目的どおり使っているかを誰が見るか(信託管理人・信託監督人・受益者代理人などの仕組み。受益者が現に存しない場合の信託管理人の選任は第123条)が実務上の要になる。また、受託者を「業として」信託の引受けを行う者にする場合は、信託業法上の免許(同法3条)または管理型信託業の登録(同法7条1項)が必要になる(信託業=信託の引受けを行う営業=同法2条1項)ため、誰に受託者を頼むかは制度面の確認が要る。
任意後見契約・死後事務委任契約の補足
任意後見契約は、判断能力があるうちに、将来判断能力が不十分になったときの生活・療養看護・財産の管理に関する事務を委託し、代理権を与えておく委任契約(任意後見契約法2条1号)。特徴は次の3点。
- 公正証書によらなければならない(同法3条)。日本公証人連合会は、その理由として「委任者本人の意思と判断能力をしっかりと確認し、また、契約の内容が法律に従ったきちんとしたものになるように」と説明している。
- 契約しただけでは効力が生じない。 契約が登記されたうえで、判断能力が不十分な状況になったときに、本人・配偶者・四親等内の親族・任意後見受任者の請求により、家庭裁判所が任意後見監督人を選任した時から効力が生ずる(同法2条1号・4条1項。法務省Q&Aも「家庭裁判所が任意後見監督人を選任した時から効力が生じます」と記す)。選任された任意後見監督人は、任意後見人の事務を監督し、家庭裁判所に定期的に報告する(同法7条1項)。
- 後見人はペットの世話係ではない。 成年後見人の職務は本人の生活・療養看護・財産の管理に関する事務であり(民法858条参照)、任意後見人も同様に本人の事務を担う立場。ペットの飼育費の支出や預け先との契約をどこまで代理権に含めるかは、契約で定める設計事項になる。
そして、委任は委任者の死亡によって終了するのが民法の原則(第653条1号)。そのため、死亡後に必要になる事務(引き渡し・費用の精算など)を託したい場合には、死後の事務を対象とする委任契約が別途用いられる。日本公証人連合会の手数料Q&Aにも「死後事務委任契約公正証書」が掲げられており、公証実務で扱われている契約類型であることが確認できる。ただし死後事務委任は事務の委託であって、財産を承継させる制度ではないため、費用をどう手当てするかは遺言や信託など別の制度と併せて検討されることになる。この組み合わせ方は、専門家と設計する領域になる。
なお、事前に何も契約していないまま判断能力が低下した場合でも、家庭裁判所に審判を申し立てる道がある。判断能力を欠く常況にある場合は後見開始の審判(民法7条。審判をするときは家庭裁判所が職権で成年後見人を選任する=第843条1項)、著しく不十分な場合は保佐開始の審判(第11条)、不十分な場合は補助開始の審判(第15条)という類型が用意されている。備えがなかったから打つ手がない、ということではない。
制度の前に、今日からできること
制度の設計は専門家と行うものだが、その前段でできる備えのほうが、実は日々の安心につながる。環境省パンフレットが「困った時に備えて」として挙げているのは、いずれも今日から始められることばかり。
| 備え | 内容(環境省パンフレットより) | 委譲先 |
|---|---|---|
| 一時的な預け先を見つけておく | 家族・友人・近所の人など、いつも会っている人ならその子も安心 | — |
| かかりつけの動物病院を作る | 歩いて通える距離・通いやすい場所。普段から検診などで信頼関係を築く。一時的な預かりができる場合もある | 動物病院の選び方 |
| ホテル・シッターを調べておく | 事前に探して、試しに短期間利用してみる。長期間預けたいときは早めに相談 | ホテル/シッター |
| 長期・終生の預かり先を知っておく | ペットを預かり亡くなるまで世話をしてくれる民間業者(第一種動物取扱業)がある。よく調べて相談のうえ利用する | 老犬老猫ホーム・介護(業態・選び方の正) |
| ペットを清潔にしておく | ノミ・ダニの予防、ワクチン接種、寄生虫の駆除。預けた先で迷惑にならないように、また災害でペットを連れて避難したときにも必要 | 予防・健康管理/お手入れ |
| 基本的なしつけをしておく | トイレのしつけ、ケージの中でおとなしくできること。他人にさわられることや室内での排泄に慣らしておく | 行動としつけ |
| ペットの健康手帳を作る | ワクチン接種の記録などをつけておく。緊急のときにも役に立つ | 予防・健康管理 |
| 身元表示 | 身元を示す迷子札やマイクロチップを入れる | 動物関連法規(登録制度の正) |
| 医療費の備え | ペット保険という選択肢(加入できるペットの種類・年齢、補償プラン、保険料は様々なのでよく確認して契約する) | ペット保険 |
これらは「万一」のためだけの準備ではない。預けやすい子は、飼い主が元気なうちも暮らしやすい。 災害時の同行避難にもそのまま効く(→ 防災)。
専門家に相談するときに整理しておくとよいこと
制度の設計は、弁護士・司法書士・行政書士などの専門家、あるいは公証役場に相談することになる。手ぶらで行っても構わないが、次のあたりが整理されていると話が早い。
- その子の情報:種類・年齢・持病と投薬・かかりつけの動物病院・フード・性格・苦手なこと(→ ライフステージ定義)
- 託したい相手の候補:誰に頼みたいか、その人に話をしてあるか。とくに死因贈与や信託は相手の受諾・引受けが前提になる
- 世話の希望:室内飼いか、散歩の頻度、通院の方針など。ただし細かく縛りすぎると引き受け手が負担を感じることもあるため、どこまで書くかも相談事項
- 渡せる財産の見当:具体的な金額の設計は専門家と(負担付遺贈では渡した財産の価額が負担の上限になる、という関係もある)
- 万一が「生前」か「死後」か:どちらに備えたいのかを伝えると、案内される制度が絞られる
この一覧を全部埋めてから相談する必要はない。 「うちの子をどうしたらいいか漠然と不安」という状態のまま相談してよい。
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このページは受診や診断の代わりにはなりません。迷ったとき、いつもと違うと感じたときは、 かかりつけの獣医師に相談してください。